2008年08月24日

感情表現

357 名前:おさかなくわえた名無しさん[sage] 投稿日:2007/04/28(土) 08:59:21 ID:CTcRmkk6

会社を定年退職してから有機農業を始めた父は、

祖母が体調を崩して先が長くないと悟ってからは

「自然の営みを知ると、年老いて死ぬことも自然に受け入れられるんだ」

と気丈な感じで、母と共に祖母の看護・介護をしていた。



その祖母が先日亡くなった。



祖母があまり苦しまずに大往生とも言っていいような亡くなり方だったので

悲しみと寂しさの中にも、かけつけた親族たちには笑顔があった。

父も、葬儀社や神主さんとのやりとりに走り回る合間に、

久しぶりに会う親族たちと談笑していた。




しかし、通夜祭が終わって、

弔問客や手伝いの町内会の人たちが帰ってから…



ほっこりしたのだろう、独り祖母の棺に寄り、

眠るような祖母の死に顔にやさしく語りかけていた。

いつしかその静かな語り声は泣き声に変わり、そして号泣しはじめた。



大往生とも言える安らかな祖母の死にある意味安堵し、

心の整理もつけて割りきっていたと思っていた

親族たちも、近寄ることもできず、それぞれに離れたところでもらい泣き。



そこに、まだ死の意味もわからず祖母が寝ているだけだと思っている、

三歳になったばかりの甥が



「おじいちゃん、なんで泣いてるのん?ひいばあちゃん起きちゃうよ」



…と慰めはじめた。


父はそんな甥をぎゅっと抱き締めてさらに声をあげて泣いていた。




人前では毅然に振る舞っていた父の、素直な感情表現に泣けた。


そんな父には長生きしてほしいと心から願ってる

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・・・画面がにじみます。


いつもそこに君がいた
posted by 隣の財務人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2ちゃんねる? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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