2008年08月29日

祖父の手紙

191 名前:ほんわか名無しさん[sage] 投稿日:2007/06/25(月) 22:55:49 0

三年前死んだ祖父は末期になっても、

一切治療を拒み医者や看護婦が顔を歪めるほどの苦痛に耐えながら死んだ。

体中癌が転移し、せめて痛みを和らげる治療(非延命)をと、

息子(父)や娘たち(伯母)が懇願しても絶対に首を縦に振らなかった。

葬式の後、親しかったご近所の将棋仲間が

家族に宛てた祖父の手紙を渡してくれた。

祖父が生前用意していた物だそうだ。


手紙の中には自分が家族を悲しませ、苦しませるのを承知で

苦しみながら死んだ理由が書かれていた。




20年近く前、孫の一人が生存率20%を切る難病で闘病していたとき、

祖父は神様に誓ったのだそうだ。

自分は今後どんな病気や怪我になろうとも、

絶対に医者にもかからないし薬も飲まない。

だから孫を助けてくれと願を掛けたのだそうだ。

幸いその孫は無事手術も成功し、成長して成人もした。

孫の成長を見届けることができたのだからもう思い残すことはない。

あとは神様との約束を果たすだけだ。

だから家族は悲しまないで欲しい。自分は満足して一生を終えるのだから。




そう綴られていた。

孫は当時一歳にもならない赤ん坊で、病気だったことも覚えていない。

祖父は自分の決意を貫いて一生を終えた。

その孫である兄は葬儀でわんわん泣いていた。

もちろん、兄弟もみな泣いた。


うまく書けないのが悔しいなあ。本当に祖父はすごい人だったんだよ。

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自分のじいちゃんは、自分が大学受験直前ぐらいのときになくなった。

魚釣りが大好きだったじいちゃん。

小さな灰色の車の後部座席に魚釣り用の道具を詰めて、釣りに行ってた。

一度ついていったことがあるけど、退屈で仕方なかった。

おまけに大人になった今、海が近くにあっても釣りをしたいと思わない。

また、じいちゃんは几帳面だった。

チラシの裏紙を集めてはメモにして、お金の記録など細かくつけていた。
(あとからわかったことだけど、自分が死んでからの処置もかいてたみたい。ばあちゃんが困らないように。)

普段はというより、毎食ビールしか飲んでいないアルコールが

いつ抜けているかわからないじいちゃんには想像できなかった。


記憶では、飲みすぎていつもばあちゃんに小言を言われてるじいちゃん

しか残ってない。



じいちゃん、社会人になって4年目になりました。

お酒もだいぶ飲めるようになりました。

初任給でお酒を買って、父や叔父、いとこで、酒盛りがしたかったです。


Summer
posted by 隣の財務人 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 2ちゃんねる? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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